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地域の実態

当別町の開基は、明治4年岩出山藩主伊達邦直家臣団の移住に始まる。巨木うっそうと茂る原始林を開き開拓をすすめ、やがて周辺地区に及ぶ。その西部は石狩川を挟み、札幌市に隣接する。それが西当別地区である。

地域は、当別川・石狩川及び高岡丘陵に囲まれ、太美・川下・当別太・美登江・獅子内・高岡の各地区からなり、明治14年以降開拓の鍬が入れられた。高岡以外は、森林と笹やぶに覆われた泥炭地であり、水害など自然災害に悩まされながらも幾多の苦難を乗り越え、北海道有数の農業地帯に発展した。 

当別町は、四季の気候の変化が激しく、南風の吹く夏は極めて穏やかであるが、強い北西の季節風と豪雪の冬は交通障害をもたらす。

しかし、昭和63年に札幌大橋が開通し、宅地の造成が進むにつれ生活環境も整えられ、丘陵に美しい建物が並ぶスウェーデンヒルズを含め田園都市と豹変してきている。

卒業生数の動向

1回(昭和22年)12人、2回(昭和23年)26人、3回(昭和24年)60人
4回(昭和25年)72人、5回(昭和26年)55人、6回(昭和27年 87人
7回(昭和28年)67人、8回(昭和29年)56人、9回(昭和30年 73人
10回(昭和31年)72人、11回(昭和32年)66人、12回(昭和33年)72人
13回(昭和34年)51人、14回(昭和35年)43人、15回(昭和36年)69人
16回(昭和37年)76人、17回(昭和38年)71人、18回(昭和39年)84人
19回(昭和40年)75人、20回(昭和41年)65人、21回(昭和42年)76人
22回(昭和43年)66人、23回(昭和44年)76人、24回(昭和45年)72人
25回(昭和46年)57人、26回(昭和47年)48人、27回(昭和48年)53人
28回(昭和49年)38人、29回(昭和50年)38人、30回(昭和51年)43人
31回(昭和52年)38人、32回(昭和53年)41人、33回(昭和54年)38人
34回(昭和55年)37人、35回(昭和56年)39人、36回(昭和57年)47人
37回(昭和58年)42人、38回(昭和59年)59人、39回(昭和60年)40人
40回(昭和61年)43人、41回(昭和62年)39人、42回(昭和63年)33人

43回(平成元年)32人、44回(平成2年)40人、45回(平成3年)23人
46回(平成4年)41人、47回(平成5年)35人、48回(平成6年)51人
49回(平成7年)62人、50回(平成8年)58人、51回(平成9年)91人
52回(平成10年)81人、53回(平成11年)83人、54回(平成12年)99人
55回(平成13年)113人、56回(平成14年)97人、57回(平成15年)124人
58回(平成16年)115人、59回(平成17年)110人、60回(平成18年)133人
61回(平成19年)116人、62回(平成20年)133人、63回(平成21年)101人
64回(平成22年)111人、65回(平成23年)96人、66回(平成24年)90人
67回(平成25年)83人、68回(平成26年)80人、69回(平成27年)64人